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zoomと醜形恐怖症

最近、zoomのやりとりで、zoomの画面に写る自分の顔を、動画でマジマジと見る機会があって、普段は醜形恐怖症はもう克服しました〜みたいなことをこのブログでもよく書いてるんですけど、こうやってzoomのカメラで嫌でも自分の顔を見てると、普段は気にしないようにしている自分の顔のアラが気になって、顔のコンプレックスになっている部分を暇さえあれば考えてしまったりして、醜形恐怖症が再発しそうになります。というか、実際、完全に克服できていないんだろうな。






私はアラフォーですが、私が醜形恐怖症を発症した高校生当時は、SNSがないので、自撮りをしたり、自分や友達の写真をSNSにアップする機会とかも当然、なかったんですけど、今の時代はSNSで自撮りをしたり、逆に撮られる機会も多いし、写真の加工なども発達しているから、他人の顔はよく見えるし、色々そういう自分の顔を評価されやすい文化の中で、自分の顔の美醜を気にする人が増えて、醜形恐怖症も増えているらしいです。







突然ですが、あるスピリチュアルYouTuberの方が言ってたんですけど、人生の目的というか、人生の意味というのは「マインドからスピリットに戻ることである」と言っていました。





このことをもう少しわかりやすくいうと、人は育った環境の中で「自分は〇〇である」とか「△△とはこういうものである」「××はこうでなければいけない」などの様々な思い込みというか、思考を良くも悪くも作っていきますが、その思考(マインド)を手放して、ハートの感覚(スピリット)に還ること、これが生きる意味というか、みんなの共通した人生の目的なのだそうです。





人生とは、自分で一旦、ある種の思い込み、囚われをわざと人生の過程(育つ環境や、出会った人からの影響など)で作っていって、そして、その思考、囚われから抜け出すゲームをやっているようなものらしいです。





その思い込みの思考(動画ではマインドと言っていた)から、抜け出すツールとして、ある人は病気になることで、その思考から脱出し、ある人は結婚や子育てを通して、ある人は人間関係のトラブルから、そのマインドから抜け出すと言った感じで、人によって脱出に使うツールはそれぞれみたいですけど、共通のゴールはマインドを手放して、スピリットの感覚に還ること、本来の自分に還ることが共通のゴールということですね。





自分で罠を作って、そしてその自分が作った罠(思い込み)を手放して、そこから脱出するゲームをやるって、なんか完全自作自演のゲームですけど、でも言ってることすごくわかります。





私の場合は、「私の顔は醜い」という思い込みというか、囚われを、自分の育った環境の中で徐々に作っていって、その囚われから脱出するという長いゲームを今、やってるんだろうな、と思います。





自分で作ったゲームだから、いつかは脱出できる気が、なんとなくするんだけど、やっぱり動画で自分の顔を見ると、大人気なく落ち込んでしまいます。もうアラフォーなのにね。






私の中でやっぱり、他人よりも父親から、小さい頃、顔をいつも貶されていた体験がどうしても鏡を見るたびに、思い出してしまって、どうもそれが根深い思い込み、トラップになっている気がする。






オンラインとかzoomとか、便利な世の中になったけど、みんなよくzoomとか平気だなー、自分の顔見て落ち込んだりしないのかな‥(←失礼)と思ってしまう。





動画で自分の顔を見ても、何にも気にならないくらいの気分でいられるようになったら、どんなに晴れ晴れとして、解放された自由な気分なんだろうか。





なんなら自撮りが大好きで趣味!、顔出ししてYouTubeでマイチャンネル開設!までできたら、もう醜形恐怖症界の星だよね。





実際、YouTubeやるかどうかは置いといて、そんな心境になれたらさぞ楽しいだろうな、自分の顔を完全に受け入れて、自由な心境だろうなぁと思います。






それくらい、完全に自分の顔を受け入れて、醜形恐怖症完全に脱出!ゲームクリア!みたいな日がいつか来ることを願う!




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