戦う必要はないし、傷つく必要もない
現実の生活が色々、盛り沢山なことがありすぎて、負荷が多くて、不安とプレッシャーに押し潰されそうです。
また記事に書ける時が来たら、書くつもりです。
私の好きなブロガーの方が「外が内の反映なら、相手の強さは、あなたの中にもある」といった意味のことを書いていて、私は常日頃、自分は気が弱くてヘタレで‥みたいなことを、このブログでもよく書いていますが、この言葉を読んで、私の中で相手は圧倒的に強くて、脅威で、反面、自分はなんの力もなくて、弱くて‥みたいに思っていたけど、それも思い込みだったな、と気付きました。
外は内の反映なので、自分の中にも相手と同じ強さがある。
前回の記事、「学びはすでに完了している」にも書きましたが、ああ、ここで学ぶことはもう終わったんだ、と思ったら、とても心が楽になった、というか肩の荷がおりたんですね。
自分の中の力みが少し、軽くなった気がします。
私は心のどこかで、“傷ついてこそ魂が磨かれて、成長がある。気付きがある“と、思っているようなところがあって、自ら、自分が傷つくような状況を引き寄せて、「これぞ魂の学び、修行」みたいな感じで、悦に浸っていたようなところがあったんですけど、それももう必要ないな、と悟りました。
私の守護霊の中に、行者の方と、尼僧の方がいると言われたことがあるんですが、その影響もあってか、どうも私は修行癖があるみたいです。
「この状況も魂の学びだ!修行!修行!」みたいなね。でも、それももう、終わりかな。
対応しようとしない、無駄に責任を取ろうとしない。こんな方法や生き方があったのか!と驚きの発見です。
あなたにはあなたの、私には私の正義がある。しかし、本当は正しいことなんてないことも私は知っている。でも、それで良い。
柔らかく、賢く、でもぶれずに、軽やかに撤退。
柔らかい態度で受け取らない。
戦う必要もないし、傷つく必要もない。
そんなことを感じている、今日この頃です。